学参フォント

たかだか11名そこそこのさいたまファンファーレクラブには実に4名も小学校の教師がおりまして、検定教科書のデザインをしている私としましては大切なクライアント様なのでございます*1
で、一昨日メンバーで食事をしていた時に「《学参フォント》って知ってる? 小学校の教科書で使われている書体ってちょっと特殊なんだよ」って話をしたら皆さん口を揃えて「教科書体の事ですか?」と返されました。
《教科書体》というのは、おそらく書写の授業で習う「書き文字」風の楷書体がモチーフになっている書体です*2。小学校の検定教科書では本文などを構成する基本の書体として定着しています。一方《明朝体》や《ゴシック体》というのは「読み文字」であり、読み手の受ける印象や視認性を重視してデザインされた書体です。もちろん書写のお手本にはなりません。
《学参フォント(学習参考書用書体*3)》というのは、義務教育課程の教科書ではお馴染みの教科書体の「書き文字」風デザインのエッセンス(字形)を、「読み文字」であるの明朝体やゴシック体などの別の書体にも移植した風変わりな書体です*4
義務教育、とりわけ小学校課程の検定教科書で、出版各社はデザイン制作現場において学習参考書用書体、いわゆる《学参フォント》を使用するのが半ば慣習化しています*5
その存在意義は、元小学校教師のemixによると「小学生は教科書の全てを鵜呑みにしてしまうので、《読み文字と書き文字はデザインが違う》なんて教えても、クラス全員(または保護者)を理解させることは到底出来ないよ。だって書き取りテストで○×つけなきゃだし。多分最初はそういう教育現場の声があって、教科書体以外の書体にもそういうデザイン(字形)が求められたんじゃない?」と言っていますが、多分それで正しいのだと思います*6
ところが今回、ボクがその事実を説明するまで、現場の教師たちは教科書で使用されている書体の違いについて意識すらしたことなかったようで、一様に驚いていましたし、それより作例として見せた教科書体以外の学参フォントのデザインに改めて違和感を覚えたようです。
今や、手作りの児童向けの配布物などもパソコンで作成する彼らは、予めインストールされていたり、ソフトウェアを購入したときに添付されているフォントを使っている訳ですが、学参フォントを見せた限りでもその存在を重要なものとは受け止めていないようです。中にはもちろん教師が子供に向けて作成する文書は教科書体(学参フォントという訳ではない)を使おうよと呼びかけている方もおられますが*7、今日の現状を見るにそこまで普及しているとは言えないようです。中央省庁と各地方自治体の教育の現場そのものでは問題意識についても温度差が随分とありそうですし、個々の教師のパソコンなどの習熟度の問題もありますから、何とも言えないところがあります。
この問題は非常にナーバスです。立場が変われば賛否も逆転する話です。
ただ、仮にも国家資格としての教員免許を得た小学校の教師の方々に、メインの仕事道具としての教科書の仕様について少しでも認識を深めてもらえればと思って彼らにそういう話をした訳です。
最後に、下に少し小さいですが、モリサワ*8のリュウミンと中ゴシックの通常フォントと学参フォントの違いを示した表を載せておきます。これはTwitter上でデザイナーの祖父江慎さんが公開された資料を下地に、ボクが今日、SFCの仲間に説明するために作成した資料の一部です。ニュアンスは分かっていただけると思います。*9

おまけの解説。一番下には「通常版」と「学参版」の教科書体を載せてあります。実はモリサワには教科書体にも「学参」が存在します。ほとんど違いがないのですが、○で囲った仮名に微妙な差異がみられます。興味深いです。

*1:勿論、検定通過前の制作物に関しては守秘義務がありますので、作成している事実すら言いませんよ!

*2:Wikipediaでは清朝初期の木版印刷に使われた軟体楷書体・清朝体がという印刷用楷書体が元になっているという説が紹介されていますが、東京書籍の教科書体の販売ページでは字游工房による細かな解説コラムが掲載されています。それによると井上千圃という書家の文字が国定教科書(現在の文科省検定教科書)に使用される「教科書体活字」として活字化されたのが始まりとあります。井上千圃氏の実績についてはこちらをお読み下さい。それによると推測の域を出ないのですが、Wikiの解説もあながち間違ってなさそうです

*3:本当は「フォント」と「書体」は厳密には違うのですが、ここでは同義とします。

*4:フォントメーカーのモリサワによると文部省の学習指導要領に準拠した書体だということです。これは学習指導要領の別表『学年別漢字配当表』で示された字形が元になっているということを示しているようです

*5:中学校課程では教科によっては必ずしもそうではないですし、実は現在の教育指導要領では書体に関しては義務化されていません

*6:実際、文化庁の文化審議会国語分科会の漢字小委員会でも、少し違いますが、似たような議論がなされています参考

*7:参考:「教育用パソコンに教科書体を」/あと1999年の古い報告ですが「教科書体フォントの状況及び小学校用コンピュータへの同フォント導入の必要性について」というのもありました。

*8:ボクは個人の正規ユーザーとしてモリサワのフォントサービス「MORISAWA PASSPORT」を利用しています。

*9:光村図書出版さんなどは、独自の学習参考書用書体を揃えています。