言海

静岡の実家の建て替えに伴う荷物整理の中で選り抜かれたヴィンテージな品々を頂いてくるこの企画、昨日のカメラに続き本日は辞典です。

皆さん「言海」という辞書をご存知でしょうか? 大槻文彦氏により編纂された日本初の近代的国語辞典です。wikipedia先生によると1875年(明治8年)から作業が開始され、1882年(明治15年)初稿。その後、校閲に4年かけて1886年(明治19年)に完成されたそうです。文部省から刊行予定だったのが、色々あったらしく自費出版として発売されたそうです。
何が近代的かというと、まず五十音引きだということ。江戸時代など、それまで仮名の順番といえば「いろは」だったのが、発音分類として体系立てた五十音順を採用したのです。
次に『語法指南』という英語の文法に倣って体系立てた日本語の文法のガイドが記載されたこと。品詞分類とか語尾の活用とか、近代日本語文法は全てここから始まっています(但し、英文法に倣ったのが良くも悪くも後々まで影響を与える事になりますが)。
つまりこの方、いまある国語辞典の元になるものを一人で作っちゃった。大槻先生スゲー。
初版は1889年(明治22年)より1891年(明治24年)にかけて四分冊にて刊行。その後、大小色んな版が出ておりますが、ボクが手に入れた中形の縮刷版(四六判)はwiki先生の解説《1909年(明治42年)8月23日:中形言海》とは違ってて、明治三十七年(1904年)二月廿十日初版印刷(菊半截判の小形縮刷版と同じ日付の初版)の昭和三年(1928年)十月十日五百三十一版(!!)です。初版から106年、ざっと80年前に刷られた辞書です。
言海の縮刷版は今でも復刻版が出ているのですが

言海 (ちくま学芸文庫)

言海 (ちくま学芸文庫)

今日は、ヴィンテージな匂いプンプンの原書の世界を写真にてお届けします。

さて、まずは索引

メインとなる五十音表記です。

念のため、表2対向には「いろは」索引も載っています。但し、この順番では並んでいません。

トレーシングペーパーを挟んで本扉です。上部に赤い丸ゴシック風の篆書体(?)で「書名登録第五九七六〇號」とあります。

次がスゴい! 「宮内大臣ヨリ編者ヘノ御達」とあります。なんかこの赤い字、ドキドキします。御達を出したのは子爵土方久元! 元土佐藩士、武市半平太の土佐勤王党に参加し、龍馬と行動を連携して薩長同盟に奔走したというエラい人です。明治維新後は宮内庁関係の仕事を歴任します。そんな方が日本初の国語辞書に太鼓判。歴史とはダイナミックだなぁ。

編者の大槻文彦大先生

最初にあるのは「言海序」。どんなにこの辞書が素晴らしい仕事なのかを文部省編輯局長として教科書の編集や教育制度の確立に奔走した西村茂樹博士が漢文で讃えております。まぁ、彼が作れと命じたんだから手前味噌ちゃあ手前味噌ですが。

次は大槻先生による編集ポイントの解説です。カタカナまじりの文語体で組まれています。見出しがひらがな表記、英文がルビとして入っているのも面白いです。

文字組が美しいのでオマケショット。

さてここからが天下の名著「語法指南」です。まずは五十音とは何ぞやから始まります。

品詞の解説。

号数を落としての詰め組も興味深いです。

ここから本編の始まり始まり。
パイオニアの凄さというのは、最初っからほぼ、基本システム(この場合はフォーマット)が現在の形に完成されているということです。

うーんすばらしい。

これは面白い。「こ」の見出しが変体仮名です。

最後も大槻先生の名文として名高い「ことばのうみ の おくがき」です。こちらはひらがなと漢字による詰め組。変体仮名や英文も混じって独特の風合いがあります。

ね。

ウットリしちゃう。活版の押した微妙なへこみとかね、サイコー。

「ことばのうみ の おくがき」最終ページ。最後の一文に大槻先生のこの辞書に捧げた歌「敷島や やまと言葉の 海にして 拾ひし玉は みがかれにけり」と、これだけの大著を成し遂げてなお、まだまだ道半ばですよという風に英語のことわざが添えられている。《There is nothing so well done, but may be mended.》

正誤表。「コウヒイ」じゃないよ「コオヒー」だよ、とかチョットかわいい。

奥付。お値段は「正價金貳圓貳拾錢」とあります。判は《東京根岸・三世書香・大槻氏蔵版》。

さて装丁に移ります。この本、上製本ではありますが、普及型の中版。簡易的な作りになっている部分が多くあります。

正式な上製本であれば、角革や背をキッチリ貼るのですが、1枚のクロスで簡略化されています。それでも高級感を出すために空押しで角革や平の出や平の布を表現しています。

背は空押しと金箔押し。クロスも薄いので、花の文様の空押しが浅くなっちゃうのが普及版って感じですなー。とはいえ、今となっては大変貴重な書物です。
今回、義父の形見として(でも義父はこの古い本をどこで手に入れたのかしら)この貴重な《最初の国語辞書》を手元におく事が出来たのは、ガチンコで辞書のデザインの仕事に携わっているボクとしましては不思議な巡り合わせを感じますし、大変有り難い事です。さらに仕事に励まんとなー。