郄橋弘治 J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲演奏会 Vol.1

まだ四国の高松で生意気な青臭い高校生を生業としていた頃、ヨーヨー・マの無伴奏チェロをテレビだか何だかで聴いて感激した俺は、丸亀町のヤマハに駆け込みヨーヨーのCDを探した。しかしCDは売り切れの上、店員に聞くと滅法良いお値段なのだ。その時ふと横目に入ったのがリーズナブルな価格でバーゲンになっていた無伴奏チェロの全集。お金もないし「まぁこれでいいか」と思って購入して帰路についた。
家に帰って早速再生ボタンを押す。「まぁいいか」と買ったCDでも高校生のなけなしの財産を叩いた無伴奏チェロである。しかしながら流れてきたのは、若き日のヨーヨーの伸びのあるしなやかで力強い音ではなく、非常に素朴で頼りない(その時はそう聴こえた)第1番のプレリュードだった。血気盛んな高校生の俺は「え〜がっかり」とは思ったが、勿体無いので最後まで聴くことにした。ところが、ところがである。
聴き進めば進むほど、その素朴な音色の裏に隠された本当にダンスが踊れる様な軽やかなリズム、音一つ一つを大事にする優しく深い味わい。どんどん惹き込まれ、聴き終わる頃にはヨーヨーの事を忘れてしまっていた。
これがその後30数年以上もヘヴィロテすることになる、このアルバムの演奏者アンナー・ビルスマとバロック・チェロと俺との出会いだった。そして「古楽」との出逢いでもあった。
 
巡り巡って2018年の春、四国の高松は男木島で俺は思いがけずその音色に再び出会うことになった。
実行委員会のデザイン・アドバイザーとして参加・撮影同行した「第2回たかまつ国際古楽祭」のゲストで男木島レクチャーコンサートの演奏者も務めたバロック・チェロ奏者の郄橋弘治さん。先日のホールコンサートでもアンサンブルで抜群の通奏低音を奏でていたのだが、今日は男木島のアート空間で一人の演奏ある。
どんな音楽を聴かせてくださるのかと思いながらファインダーを覗いていた。バッハの無伴奏の中からも数曲演奏するとは聞かされていたのだが、それが始まるや否や30年前の衝撃が全くピュアな形で目の前に現れたのだ。素朴で深い音色がダンスを踊っている・・・一瞬でつり込まれ、写真を撮るのも殆ど忘れて聴いてしまった。郄橋さんの虜になったのだ。
 
それから2ヶ月後の鶴見サルビアホール。春は3番の数曲しか聞けなかったバッハだが、今日は3・4番をフルで愉しめた。そしてバッハから少し時代が降るギャラント様式の作品も2曲。
本人の緊張した面持ちで音楽は始まった、がノってくると次第に表情も綻び、音楽も軽やかに舞い始める。素朴でノイジーな音色の中に複雑な音響が特徴であるバロック・チェロから繰り出される深みのある音楽。よく練られた演奏プランながら、それが今この瞬間生まれたかの様に弾いていく郄橋さんの高い音楽センス。やはりこの人は凄い。
終演後のロビーは春の高松で一緒に仕事をしたメンバーも集まり、ちょっとした同窓会の様になった。皆が共に過ごしたのは都合2日くらいだが、旧知の仲の様。時間というのは長さでなく深さであると本当に感じる。
 
このコンサートシリーズはバッハから2曲と他の作曲家の作品で構成されるシリーズになるそうで、あと2公演が計画されている。非常に楽しみである。