東京デストピア

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実に6ヶ月ぶりに東京に、しかも鉄道で向かう。インターネッツの情報を総合すると、東京は謎の病原体が蔓延し市中に骸の山が出来、摩天楼は樹木や蔓草で覆い尽くされたデストピアと化し、総理大臣が心労で倒れ、人々はソーシャルディスタンスを取って心の中で罵り合っているらしい。
こんな状況で鉄道という前時代の交通網が未だ稼働しているのか心配、という前に、私自身は半年も自宅から半径1キロ以上遠くに出掛けたことがなく、鉄道の利用はおろかお金の使い方さえ忘れてしまった。誰かに尋ねようにも、人に東京の話題を持ち出すだけで自粛警察に逮捕され真夜中に謝罪会見を開かねばならないと、これまたインターネッツに書いてあったので、恐ろしくて出かけるのを躊躇もしたが、私も密命を帯びての潜入捜査なので中止の選択肢はない。とにかく右足と左足に靴を履き、玄関から自宅を出た。

かくして、鉄道は動いていた。それだけではない。人類が乗っていたのである。しかもマスクを着用している以外は旧世界と何ら変わらないのだ。インターネッツでは第二波だかセカンドインパクトだかで人類の半数が死滅したと聞かされていたのだが、そこには日常があった。人々の笑顔があった。途中、鉄道は川を渡った。水面が美しく煌めいていた。東京はすぐそこである。
辞任した首相に代わって立った「ともだち」が巨大ロボットで東京中を蹂躙しているとか、国立競技場の地下に眠らされていた子供が不良少年と対消滅して嵐が起こっているとか、凄惨な光景を想定していたのに、空は青く澄み、高層ビルは午後の太陽と入道雲を映して夏の終わりを演出していた。
罵詈雑言渦巻く殺伐としたインターネッツのような世界はそこにはなかった。
私は思わず小鳥マークのアプリでなく音声で呟いた。「思ってたのと違う」

ターミナルでメトロに乗り換え最初の駅で降車する。地下を出るとドーム状の天井の高いエンタランスは石造りの長い階段を擁しており、その先に目的地はあった。
先ほどまで見かけた雑踏はすでになく、ここは嘘のように静かだ。一人階段を昇る私はまるで断灯台への行進である。
入り口に到着するとフェイスシールド手袋で防護された女性に案内され、その先の同じ姿の女性から手首にレーザーを照射された。「このような体温になっております。ご確認の上お進みください」軽く会釈して受付に向かう。予め求められていた証書をシールドの向こうのスタッフに見せパスポートを発行してもらいゲートを通過すると、一息ついた。
ロビーには閑散とした外界とは打って変わって、ゲートをくぐり抜けてきた資格者たちと防護アイテムに身を包んだ大勢のスタッフが行き交っている。マスク越しにではあるが談笑している者もいた。
やがて召集の合図が鳴り、我々は銀河評議会を逆さにしたような巨大な会場の決められた椅子に腰を落とす。すると突然、前方が明るくなった。(続く