風の強い日

昔、ボクの知り合いのミュージシャンでそんなタイトルの曲を演奏してた奴がいたっけ。不安定なコード進行のギターに、乗るというより立ち向かっているかのようなトロンボーンのソロが印象的なサンバだったと思う。
 
麹町大通りにある勤め先の前の街路樹は、この前の工事で植え替えられたばかりなので、まだ幼くか細い。ビルのエンタランスからは、ライトアップされたこの幼な樹がよく見えるのだが、今日みたいに風の強い日はコンテンポラリ・バレエのダンサーの如く乱れ舞っている。
ほとんど倒れるがまでに風に流される彼女は、次の瞬間しなやかな肢体を躍らせて浮き上がる。何度も何度も。照らし出された肉体は強靭な根元と身体全体のバネを使って一流に舞ってみせる。そう、彼女は一人で踊っているのではない。風をパートナーにして輝かしくボクを魅了する。
 
そのミュージシャンとは暫く会っていない。数年前に「廃業します」と言い残して行き先も告げずにどこか姿を消してしまった。あの夜、風と踊るようなトロンボーンを聴かせてくれていたら、今頃・・・と思うと、ちょっと切なくなった。