気骨

非常に気骨のある出版人である某版元社長N氏から夜半に電話がかかってきて、夕刻に出した装丁案を全ボツ食らう。独立祝いにお仕事を頂いたのだが、ボクがゲラを読んで得た印象や、現代の出版事情から弾き出したデザインが全く気に入らなかったとの事。正確に言うと、読後の印象や内容に関する見解は全く一致していたのだが、「現代の出版事情」からの傾向を見据えたデザインが気に入らなかったということだ。
氏は言い放つ。内容のない焼き直しばかりの紙屑みたいな本が増殖しているだけの今日の出版界は結局死に体であり、アイドル小説や似非経営書がメディアを賑わしているが、業界全体の売り上げが前年比の608億円減では、それだって単なるお祭り(賑やかし)に過ぎない。そんなご時世の流行の書籍デザインなんぞはすぐに飽きられてしまう虚飾であり、10年・20年売る事を前提にしたN氏の出版社の本には無用のチョウブツである。その長いタームを生き残ってこそ本は本たりえるのであるから、堅実で飽きのこない、それでいて驚きに溢れる新鮮みを失わない装丁をお願いしたい。と。
熱い。非常に熱い思いである。版元の編集者の多くが出版プロダクションに制作を丸投げし、営業部に頭が上がらず、数字の帳尻だけを合わせるのに必死な中、この人は全く違う。本を情報を切り売りする紙の束とは見ていない。本に〜人間の思想を広め、読み解き、個々に還元し、昇華し、伝え行く〜文化の翼を見ている。
ボクは器用なのが売りなんだけど、これも良し悪しで、N氏のような出版魂に満ちた方と暫く仕事をしていないと、ついつい本を記号化し、イマドキの「スタイル」「キャラクタ」のチャートに放り込んで分析してしまう。
出版の世界で仕事をする醍醐味はこういった気骨ある人との出会いである。こちらもガブリヨツで腰を落として前へ前へ進もう。全ボツを食らったのに、次の案を作るのが楽しくて仕方がない。