小寺香奈ユーフォニアムリサイタル[東京公演]


かれこれ小寺香奈さんのコンサートのお仕事をご一緒させていただたいてから何年経つだろう。今回5回めのリサイタルということだが、うち3回のデザインを担当させて頂いている。
最初にデザインを担当させていただいたのは彼女にとって2回めのリサイタル(2008)のときだった。ユーフォニアムという楽器にとっても《所謂》スタンダードな響きをもった作品の中に一曲だけ山本裕之さんの「ギンコビロバ(委嘱初演)」があった。特殊奏法を駆使したその楽曲がリサイタルのプログラムでは異彩を放っていた・・・が、彼女(とユーフォニアム)の可能性を目撃した一曲であった。それからの年月と幾度かのコンサートと交友関係を経ての今回である。
田中吉史作品1曲と委嘱初演を含む近藤譲作品2曲、ブルジョワとスパークを1曲ずつ。全て今を生きる作曲家たちによる作品。だがブルジョワとスパークはブリティッシュ・ブラスバンドというユーフォニアムがメジャーな楽器として活躍するフォーマット上で書かれた作品、近藤&田中は一般に云われる所の《コンテンポラリ・ミュージック》に属するユーフォニアムがメジャーな楽器としてはまだ取り扱われていない分野(?)での作品。一見では並列するのが水と油にさえ感じる。
ユーフォニアムという楽器は、ピアノにおけるラフマニノフのコンチェルトのように、シリアスシーンにおいて未だ決定的な十八番を持たない新しい楽器である。ポピュラー・ミュージックにでも同様。同じくらい新しいサクソフォーンはジャズシーンなどで既に皆の耳馴染みな音楽を多数残している。これはユーフォニアムが美しく柔らかくはあるが、良くも悪くも音色としてもメカニズムにしても没個性の楽器であるからであろう。しかし小寺さんのリサイタルは『だからこそ』の可能性を示し続けている。
人の声と似た音域。親和性の高さはあるものの他の楽器と違って硬い軸を持たない音色。今回のプログラミングそのものが、音楽表現のベクトルを越えてこの楽器の表現力を引き出すべく仕掛けられた装置として機能し、全てを聞き終わった後にユーフォニアム(小寺香奈)以外の楽器(音楽)ではけっして味わえない感覚を残すのである。

曲目|・D.ブルジョワ:ユーフォリア
   ・P.スパーク:ユーフォニアム協奏曲第1番
   ・田中吉史:告知、会見、ユーフォニアム
   ・近藤譲:Tryne(トライン)委嘱初演※
   ・近藤譲:スタンディング
        ー発音原理の異なる不特定3楽器のための※
共演|羽石道代(Pf)松本卓以※(Vc)

彼女の音楽的な成長と広がり、次に向かう道標がほのかに光りはじめた気がする。3月9日(金)盛岡市民文化ホール小ホールにて、盛岡の皆さんも是非体験して欲しい。