黛ルネッサンス


ボクの高校生の頃の愛読書に「音楽を愛する人に〜私の名曲案内(芥川也寸志)」というのがありまして。優れた音楽家である芥川さんは大層な文筆家でもありまして、軽妙洒脱かつ本質を捉えた文章にボクは心を打たれ、自分の書く文章では彼の文体を真似てました(彼のオヤジ様よりも影響を受けた)。そこまで傾倒してたんです。だから当時はここに出てくる曲は全部聴いてやろうと息巻いてた訳です。
その中に《黛敏郎/涅槃交響曲》はありました。こう始まります。「この曲はかつて日本人が作ったすべての作品を通じて、最高の傑作の一つであると思います。」・・・梵鐘を音響解析してオーケストラに置き換え、深い仏教哲学に真正面から挑み、作曲者本人をして『結果的に仏教の偉大な思想を讃え、仏教を鑽仰(さんぎょう)する一種の仏教カンタータというべき音楽になったことは事実であり、そう解釈されてよい』と言い切ったこの作品を、血気盛んな高校生が聴きたくないと思った訳がないでしょ。もう血眼になってCDを探して買い、圧倒されながら毎夜毎夜阿呆になって聴いておりました。
しかし録音物には限界があります。この曲のための特殊なオーケストラ楽器配置図もブックレットに掲載されているものの、どうもピンとこない。確かに梵鐘の音が出ているんだけど、何の楽器からどういうブレンドで出てるのか分からない。聴き込む程に疑問が湧いてきます。
─いつか、本物の演奏を聴いてみたいなぁ、みたいなぁ、たいなぁ、なぁ、ぁぁぁ・・・
と20年くらい思ってたら、東京フィルハーモニー交響楽団が、広上淳一さんシェフで、黛敏郎オンリーのプログラムを組むというじゃないですか! しかもボクがかつて大変熱を込めてデザインさせていただいた岩城宏之&TKWOの黛アルバムのタイトルチューンである「トーンプレロマス55」*1も演奏する! こいつぁ春から縁起がイイねぇ〜ってんで、遂に、ついに、つ・い・に! 聴いて参りました。ワーパチパチ。
本当に素晴らしい一夜でした。久しぶりに生演奏を聴いた「トーンプレロマス55」は改めて新鮮さを感じ、「響宴」「BUGAKU」の響きに酔いしれ、遂に「涅槃」ではその核心に触れた気がしました*2。長年探していた人にやっと出会えたときの感動にも似ていましたし、まったく知らない世界に導かれた気もしましたし、何よりも、その音楽の大きさと深さに改めて畏敬の念を抱きました。こういう作品の演奏に立ち会えることは滅多にあるものではありません。一緒に聴きにいった友人は「解脱しそうになった」と冗談めいた事を言ってましたが、アナガチ嘘とも思えません。男声合唱団による経典の合唱(声明)とオーケストラが響かせる梵鐘サウンドが渾然一体となって、しかも会場が一種の宗教建築の様にも見える東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアル(なんと切磋琢磨してきた盟友の名が冠されている!)なのですから、絵的にも音楽的にもまさに音響の伽藍です。
フライヤの裏面にソロ・コンサートマスターの荒井英治さんが「ついに《黛ルネッサンス》が始まる! きっと凄いことになる。」と書かれてましたが、まさにその通りになりました。

音楽を愛する人に―私の名曲案内 (ちくま文庫)

音楽を愛する人に―私の名曲案内 (ちくま文庫)

*1:日記参照 id:otoshimono:20080328

*2:楽器配置はボクの読んだブックレットの初演のようにはなっていませんでしたが、それも個々のホールの特性を生かした判断だと思いますし、ベストだったと思います