随筆 私本太平記

吉川英治の〈私本太平記〉を読了し、新聞連載の間に書かれた雑文集である〈随筆 私本太平記〉を続いて読んでいる。昭和33年頃の世相が生き生きと伝わって来てなかなか興味深い。昭和33年というのは美智子皇后がまだご結婚される前で「正田美智子嬢」と出て来たり、吉川本人の文化勲章授与の折の楽屋話的エピソードはユーモラスであり、伊勢湾台風における政府の対応の後手後手を恥じたり、取材旅行先での風景は本格的な自動車文化に入り始めていたとはいえ悪路ばかりで辟易したり、実に生き生きと伝わってくる。
私本太平記の最後でも明石覚一検校に語らせていた様に、人間を取り巻く業の深さを吉川英治はこの雑文でも嘆いているが、半世紀以上前に書かれたこの文章が、そのままここ数年の数々の痛ましい出来事や不安定な世相を嘆いているような新鮮さがあり、喉元過ぎればまた同じ過ちを繰り返し続ける人の罪深い連綿を感じずにはいられない。かと言って悲観している訳でもない。つねに明日を信じる眼差しと明るさがそこにある。
読書というのは実に面白い体験である。