南海大冒険譚

先日夜急遽決まった本日午前中の打ち合わせの調整をしていたら、emixに前々から「今度連れてく」と言っておきながらくれ騙し状態になっているランチの店が多数あるのを思い出した。
で、いくつか候補をemixに提案すると、数々の知人から聞かされていて気になっていたという「キッチン南海」をオーダーしてきた。出版系オヤジの腹を十分過ぎるくらいに満たす神田神保町きっての食の総本山だ。名物の黒いカツカレーは日本のカレー史に残る逸品として東京勤めのオヤジ達の羨望の的である。少食のemixの並々ならぬ決心に心打たれた私は、朝食も抜きにして挑むようにアドヴァイスをし、先に打ち合わせに出かけた。
ちなみに私はこの店は初めてな訳ではない。しかし基礎代謝量が1400kcalという私だが皆が驚く程の少食である。昔は完食出来たカレーも四十を迎えた今は自信がない。朝は缶入りのコーンスープを歩きながら摂取するにとどめ、自らのペース配分も怠らない。南海の藻屑となるのだけは避けたい。
打ち合わせを終え神保町でemixと合流、ついにその地に立った。

11時15分開店といえばいくら何でも昼休み前だ。しかし開店前なのにもうオヤジ達がスズナリで列をなしている。まるで東京鼠王国のアトラクション待ちの様な期待感で界隈が満ちている。この中には「今日は東京出張なので何としてもスプラッシュ南海には乗りた〜い!」とワクワクしているオノボリオヤジも含まれているに違いない。事実キャリーバッグを抱えたビジネスマンもいたからだ。
開店と同時に勢い良く、しかし整然と店内に吸い込まれていくオヤジ達。すっかり店の中が満員だというのに、もう後続に待ちのオヤジ達が並んでいる。いつもはこの行列を横目に版元との打ち合わせへ急ぐ私だが今日は虜だ。
やがて店のカウンター席からウェーブの如く注文がとられる。その殆どが「カツカレー大盛り」をオーダーする。カウンターのほぼ最終端に位置するemixと私は怯みかけたが何とか自分の食べられる分量の「カレー」と「クリームコロッケカレー」を注文することに成功。カツカレーは今回は失態を回避するために見送った。

この後、調理場と客席のボルテージは一気に上がる。どんどん出来上がるカツカレーが給仕担当のスタッフの手に取られ宙を舞うごとくオヤジたちに届けられると、その大容量のカツカレーをオヤジたちはもの凄い勢いで平らげていく。ガンガン揚がるカツの大音量に申し訳程度に点いているテレビの音はかき消され、狭い店内で犇めきながら汗だくで喰らうオヤジたちの眼は至福の極致に誘われている。食い終わるとサッサとお代を渡し次のオヤジと入れ替わる。冷蔵庫から出される新しい肉からオヤジの入れ替わりまでが一連のオートメーションの如く無駄がない。美味さと忙しさが一体化した夢の様な空間・・・オヤジな趣味が大の苦手な筈のemixが確信を以て完食し、代金を払って次のオヤジに席を譲っていった姿は感動的ですらあった。
やがて私も後を追おう。カツカレーとは別の工程で紡ぎ出されたクリームコロッケを夢中で頬張りながら、ただただ、そう思った。