系譜

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30年前の2月の夜、「サックスの演奏会だけどきっと楽しめると思うから」と先輩に連れられてお茶の水カザルスホールに向かった。

付き合っている訳でもないどころか、モテとは無縁のブラスアンサンブル・オタクの私に彼女が声をかけた理由は今でも謎だが、おそらく一緒に行く筈の一人がキャンセルになったタイミングで部室に来たら、暇を絵に描いてクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ外れた様に床に転がっていた私を見て気の毒になったのであろう。

タダで演奏会に行けるのと彼女の美貌に吊られて、とにかくカザルスにヘラヘラと向かった。道すがら彼女は、その演奏会は当時のパートトレーナーだった須川展也さんが組んでいるカルテットだと教えてくれた・・・それがトルヴェール・クヮルテットとの最初の出会いである。確かシュミットの四重奏を演奏したような記憶がある。

当時のトルヴェールは、これが2回目のリサイタルで、数々のコンクールを総ナメにしたり、あの衝撃作『イノセント・ドールズ』を発表する前、ものすごく上手いけど、まだ、ナニモノでもなかった頃である。

それから今の今まで、連れて行ってくれた可愛い先輩ではなく、トルヴェールの方と長い長い付き合いになるのだから人生というのは不思議だ。

 

さて時代は30年下って昨日である。お茶の水の2駅隣の飯田橋にあるトッパンホールに向かった(ホントは車で行ったのですが)。
トルヴェールを初めて聴きに行った次の年にモテとは無縁の私と仕方なしに付き合ってくれた有難い後輩(今の相方)を「サックスの演奏会だけどきっと楽しめると思うから」と無理矢理連れて行った(実際は車の運転も相方、相変わらず情けない私)。出演者の四人の経歴は一昨年前に彼女たち自身がウチに来てるので説明するまでもなかったが、今回もシュミットを演奏する。確か10年前に宣伝美術を担当したクローバー・サクソフォン・クヮルテットでもシュミットを演奏していた(ベラボーに上手い)。ブラスクィンテットにおけるアーノルドの五重奏曲のような位置付けなのだと思う。
デビュー公演とはいえ、それまでの実績も十分な彼女たちが繰り出す音楽の技術の高さと表現の豊穣さは新人という粋を超えている。野球で例えるならカープの森下くんや栗林くんレベルである。トルヴェールやクローバーの系譜を継ぐ王道、スペイン語で云う所の「el camino real」、今年はアルフレッド・リード生誕100年だ!・・・全く話が逸れた。

 

30年後のトルヴェール、あれから10年経ったクローバーの大活躍は周知の通りである。そしてスタートラインに立ったルミエ、彼女たちの30年後が楽しみである・・・って、その頃にはオイラ80歳だよ、這ってでも30周年記念リサイタルに行くので、その時まで生きてたら宜しくお願いいたします。