ヒーローの誕生(侍ブラス・初陣 8/5 at オペラシティ)


終演後、サイン会のためロビーにメンバーが現れると拍手が自然と沸き起こり歓声となった。誰もが今しがた終わったばかりの演奏に陶酔している。確かにボクたちの前でヒーローは誕生したのだ。侍BRASS、その「初陣」はあまりにも見事な勝利だった。
 
「面白い企画をやるのですが、otoshimonoさんにフライヤのデザインお願いしてもよいですか?」
オペラシティからそんなメールが届いたのは今年の2月3日。取材で海外に出ている最中だった。帰国してから慌てて連絡をとり、打ち合わせに出かけた。
「中川英二郎とエリック・ミヤシロを擁する新しいタイプのブラスアンサンブル」
日本を代表するジャズ奏者の二人が、またコアなジャンルに乗り込んでくるなぁ、というのが最初の印象だった。もっとも中川英二郎、三澤慶の流れはズーラシアン・ブラスのプロデュースなどで既にある程度の成功をしているが、自ら本格的に乗り込んでくるというのが面白い。ただ、最初にいただいた資料では、演奏曲目がオリジナル・アレンジ作品と委嘱作品で占められており、既存のアンサンブル団体とプレイヤー以外での違いはさほどない、とも思った。
数年前から日本のブラスアンサンブルは確実に世代交代が起こっており、新しい団体が軒並み立ち上がっている。既存の出版譜と数点の委嘱作品でプログラミングし、あとは高い演奏技術で唸らせるのが主流なスタンスである。オリジナル・アレンジの草分けとしてはブラス・クィンテットの上野の森ブラス、最近ではトロンボーン・カルテットのジパングがあるが、やはり何か物足りなさを感じていた。
「彼らに、少し行き詰まった感のあるこのジャンルの起爆剤になってほしい」そんな願いを込めてフライヤを製作した。平安や戦国の侍というより時代を変えて行く幕末の志士たちのイメージ*1 *2
 
プログラムの製作にmadokaさんがとりかかり始めた頃からコンサートの全容が見え始めた*3。「葉隠」「飛天」・・・見慣れないタイトルが並ぶ。作家は中川英二郎や三澤慶。。。これはオリジナル作品ではないか。調べてみると会場で先行発売されるファーストアルバムはエリック提供の1曲*4を除いて全て新作オリジナルナンバーだ。
フタを開けてみればステージの半分はオリジナルナンバーの初演だった。これはイイ! ただ、ボクのような筋金入りのヘヴィ・マニアにはウハウハだが、真新しすぎるものに拒絶反応を示す聴衆が多い教育吹奏楽ファンをメインターゲットにするにしては冒険ではないだろうか。一抹の不安もよぎった。
 
ところがボクの心配は杞憂に終わった。コンサート会場は開演前から並々ならぬ期待感に溢れていた。チケットはほぼ完売。今日デビューするたった10人のアンサンブルがオペラシティを満員にしてしまった。1曲1曲進むごとに確実に聴衆は惹き込まれていく。カッコイイ音楽、自在なテクニックと華麗なアドリブワーク、人数からは考えられないパワートーン! 自在にステージをあやつるユーモアはトークにも音楽にも表れる。そしてアンコールの最後に中川英二郎による美しいソロ「侍」が披露されて暗転とともに彼がステージから去ったとき、会場の興奮は最高潮に達した。
 
フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの持つ多彩なオリジナル・ナンバー、カナディアン・ブラスのユーモアとエンターテイメント性、マイケル・デイビスが目指したクラシカルとジャズの融合───。ボクらが20年待ち続けたスーパーアンサンブルが、ボクらと同世代の日本から生まれたことを素直に慶びたい。そうか、無かったから創ったんだね、中川さん。
 
そして、ボクがデザインさせていただいた大判のポスターをバックに中川さんやエリックがファンと触れ合っているのを見たとき、この歴史的な仕事の一部に携わる事が出来たことに、誇りと感謝の気持ちでいっぱいになった。

*1:id:otoshimono:20060421

*2:アルバム収録曲に「文明開化の鐘」というのがあるところが笑いました。

*3:今日の画像がその表紙。Good job,madoka!

*4:Danny boyなのだが、これも一筋縄では行かないテンション・ノートで描かれてる。最高にcoolなアレンジ。