生き字引

「こんなものもあるんですよ」
そう言って秋山先生はボロボロになった小さい紙の束を取り出した。
《吹奏楽年鑑:皇紀二六〇二年版》
昭和17年に出版された吹奏楽に関する楽譜・出版・楽器・放送・レコード・人名録・日本全国のバンドの基礎データ・吹奏楽の基礎知識が網羅された雑誌だ。雑誌なので広告も多数掲載されており、今もある会社、今はなくなってしまった会社の商品などが「銃後の守りを吹奏楽で!」などのコピーを踊らせてひしめきあっていた。
「当時中学生だったと思うんだけど、自分で買ったんですよ」嬉しそうに笑う先生。
ボクと編集のhoriさんは顔を見合せた。「これはスゴい」
先生に促されて奥付を見る。
「発行人に目黒三策とあるでしょ。この雑誌は管楽研究会というところで作られてるんだけど、彼が主宰だったんです。彼は後の音楽之友社の初代社長です。」
「音楽之友のルーツって吹奏楽から始まったんですか。じゃあバンドジャーナルってあの会社でも正統な雑誌の一つなんですね〜」
興奮が隠せない二人に追い討ちをかけるように「で、これがバンドジャーナルの創刊号*1なんですけど」と古ぼけた冊子を見せる先生。
「これには先生は何か書かれていたりしますか?」
「対談と付録楽譜*2のアレンジ(若い力)してます」
「おぉ!」
「あの頃はこんなこともあってね・・・」
戦中・戦後〜現代の吹奏楽の生き字引がここにいらっしゃる。
最近、秋山紀夫先生をはじめ、岩井直溥先生や山本武雄先生など、日本の吹奏楽を牽引してきた方(しかもまだ現役!)のお仕事に関わるにつけ、「今誰かが残さなければ、後でいくら知りたいと思っても知る事が出来なくなる」情報やノウハウが多いことを実感する。特に「その時代が持っていた気分」というのは当時の雑誌を読み解くなどは勿論、ご本人から直接お話を伺って記録するしか方法がないのだ。
後から断片的な情報や事実のみでいくら組み立てても「時代の気分」を注入しなければ、そのとき何故そうだったのか、実際はみんなどう思っていたのか、と有機的に繋がっていかない。
ボクら出版人の使命だな、と思った。

*1:1959年10月創刊

*2:創刊号から付録付きだったんです。最初は綴じ込みでした。