誰が吹奏楽を殺すのか(4)

本稿はあくまでもプロフェッショナルの演奏家とその周辺を軸に論じていく趣旨であるので、ここで少し知識的な整理をしておきたい。そういう訳で今回は少し退屈な部分もあるため「んなん、知ってるよ」っていう人は読み飛ばして頂いて構わない。そもそもこの話題自体がスルーな人はモチロンである。
  
三:装置としての職業吹奏楽団
  
ミュージシャンとは今さら言うまでもなく、音楽を演奏して報酬を得る商売である。プラトンの「新しい音楽」などの古代ギリシアの文献にも登場することから、人間の歴史でも比較的早い段階でミュージシャンという職業は確立されたらしい。中世にドイツで確立されたトランペット・ギルドはその中でも他のギルドに先駆けて年金や保険などの制度まで世界で初めて取り組んだ職業組合と言われる。しかしギルドの徒弟制度と口伝で音楽を継承するスタイルは西洋楽譜の発達に伴って衰退していく(実際には市民革命によるギルド組織の崩壊という要因もある)。
19世紀に入ると次第にミュージシャンは楽譜を読んで音楽を再生する職能が求められるようになる。作曲者と演奏家が一旦分離するのだ。即興演奏と譜面合奏の実質的な融合はジャズの登場を待たねばならない。

フレデリック・フェネル氏の著者「タイム・アンド・ウィンズ(佼成出版社)」や秋山紀夫氏「吹奏楽指導全集(同朋舎・絶版)」を紐解くと、西欧の職業吹奏楽団の起源は諸説あるにせよ、トルコの軍楽隊メフテル・ハーネと欧州の宮廷楽団ハルモニーが重要な位置を占めているようだ。戦意高揚(為政者の宣伝活動)とサロンのBGMである。
戦争と貴族によって産声をあげた吹奏楽は、18世紀の市民革命により貴族とブルジョアジーにより急速に整備され、19世紀の産業革命により労働者階級の娯楽になり、 20世紀前半の二度の世界大戦を経て多様化・分散化した。

18世紀、ヘンデルの「王宮の花火の音楽」の初演はクライアント(ジョージ二世)の要請で巨大な軍楽隊風編成の吹奏楽で演奏され(作曲者本人は不満であったようだが)、モーツァルトはハルモニーのためにせっせとセレナードを書いた。特に彼が書いたセレナーデ12番「グラン・パルティータ(13管楽器のためのセレナード)」はその後ドボルジャークやリヒャルト・シュトラウスなどに受け継がれた。
軍楽隊は市民革命と共に増強され、19世紀に入ると産業革命の影響下で労働者階級にまで普及し、後半にはとうとうアメリカ太平洋艦隊ペリー提督が軍楽隊を連れて日本に上陸してフォスターを演奏し、20世紀初頭には海兵隊を退役したスーザが自分の吹奏楽団を連れて世界中で自作の行進曲と流行曲を演奏しまくり、ヴォーン・ウイリアムズなどの大英帝国系の作曲家たちがせっせとイギリス民謡を軍楽隊のためにに美しく仕立て上げ、フランスでは音楽学校出身者を集めた技術の高い軍楽隊(ギャルド)を組織し、ドイツやイタリアや日本ではファシズムのプロパガンダのために軍楽隊が盛んに使用された。
一方、アメリカ南北戦争の退役軍人の払い下げ楽器をアフリカ系労働者たちが手にしたことから始まるディキシー・ブラスバンドはローカルとしてのジャズをメジャーに押し上げながら独自な発達を見せ、ビッグバンドへと発達し、グレンミラーが活躍する頃にはニューヨークの白人社会でも当たり前に聴かれるメジャーな吹奏楽編成のひとつとなった。
吹奏楽はその出発が宣伝と娯楽なだけに機動力の高い再生装置として発達してきた。管楽器は弦楽器や鍵盤楽器と比べて屋外での音響効果に優れ、気候の変化に強く、立奏が可能なため移動も楽だからだ。室内楽的な小編成から大交響楽団級の大編成に対応出来るため、あらゆるタイプの音楽を再生出来た。自前の編成のために書かれた曲や行進曲は勿論のこと、民謡、流行歌、人気オペラのハイライト、ダンス音など、聴衆のリクエストに応えて何でも演奏してきた。職業吹奏楽団は街や遊園地の屋外ミュージックホールからコンサートホール、国家的な典礼行事からスポーツイベントでの屋外演奏まで幅広く活躍した。多くの民間による職業吹奏楽団が活躍した。
しかし、20世紀中盤のエレクトロニクス革命(LPレコードや音響装置、トーキー映画、ラジオやテレビなど電波メディアの発明)は沢山の職業吹奏楽団を再生デッキや受信装置とスピーカーに置き換えていった。録音を求められた一部の優秀な演奏技術を持つ楽団以外、必要とされなくなった。この時点で職業吹奏楽団は録音に特化したスタジオバンド(その殆どが元がビッグバンド編成)と軍楽隊に収束されていく。あるいは今まで機動的でなかった他の編成の楽団に活躍の場を奪われいってしまった。つまり、再生装置としての機能をテクノロジに奪われた世界中の職業吹奏楽団は限定された活躍の場しかなくなってしまったのだ。現に来日する海外の職業吹奏楽団は殆どが軍楽隊である(イーストマン・ウインドは音大生であり、ブブリティッシュ・ブラスバンドはプロ・アマ混合の楽団である)。
では、現代の日本ではどうか。
・東京佼成ウインドオーケストラ
・大阪市音楽団
・シエナ・ウインド・オーケストラ
・ブラスパラダイス大阪
・東京吹奏楽団
・ガレリアウインドオーケストラ
・タッド・ウインド・シンフォニー
・広島ウインドオーケストラ
・フィルハーモニック・ウインズ 大阪
・ウインド アンサンブル kanade「奏」
・ジャパンウインドアンサンブル
・九州管楽合奏団
・THE WIND WAVE
・VIVID BRASS TOKYO
自衛隊や警察の音楽隊を除いても、Wikipediaで参照するだけでざっとこのくらいはある。最近の若手によって組まれたものを含めると、もっとある。一国にある職業吹奏楽団としては極端に多すぎるようにも見える。
再生装置としての意義が吹奏楽団に問われない今、存在するからには、「何かしらの装置としての機能が求められている」のであるが、それはいったい何なのであろう。本論は次第に核心に迫ってくる。