誰が吹奏楽を殺すのか(6)

 
五:パラダイムシフトした《吹奏楽》
 
オーケストラのマネージャーをしている友人が全日本吹奏楽連盟の方とお話した時に「吹奏楽(コンクール)はスポーツですから」と言って退けられて唖然とした、と話してくれたことがある。「全吹連からしてこういう考え方だから、吹奏楽業界の音楽性が育たないんだよなーっ」と彼は嘆いていたが、この競技性によって日本の吹奏楽編成は滅びずに済んだのも事実なのだ。
第二次世界大戦後の日本で、軍楽隊の解散やレコード・放送音楽の発達から、再生メディアとしての訴求力を失った吹奏楽の編成は、教育分野で(この試み自体は戦前から始まっていたが)再整備されることによって生き残ることが出来た。そのパラダイムシフトの牽引をしたのが戦後本格的に再始動した全日本吹奏楽コンクールであることは間違いない*1
「聴くするもの」ではなく「吹く(演奏する)もの」、「成熟した楽しみ(深み)」より「成長(上達)する喜び」、「個人技の楽しみ」より「集団で取り組む高い目標への達成感」、「長時間かけてじっくり理解する作品」より「手軽に緩急とカタルシスのメリハリが味わえる作品」。全てが吹奏楽コンクールを山車にした「戦後の学校教育的(しかもいたって現場的)な価値観」の下で再整備され、それは卒業生によって、余暇活動としての市民吹奏楽団にも継承された。鑑賞中心から演奏中心へ愛好者の志向(嗜好)がシフトした。その結果、本来、編成を指す言葉であり、音楽のジャンルを指す訳ではないはずの《吹奏楽》が、独特なジャンルとしての薫りを放つようになった。そしてそれを支える産業も、ジャンルとしての《吹奏楽》の志向性に沿う形で形成されていった。
だから『編成の保存』という意味では、日本の吹奏楽は死んでもいないし、殺されてもいない。
絶滅寸前でパラダイムシフトし、「教育と余暇」という巨大な培養液の中で元気に育ち続けている。これは何も吹奏楽に限った話ではない。合唱しかり、将棋しかり、茶道しかり、日本舞踊しかり。「教育・たしなみ系」にシフトすることにより巨大な市場を再構築出来た業界は実は多いのだ。
もちろん弱い面もある。
吹奏楽の世界は業界外部から新しいコンテンツを取り込む事は比較的早く行われるが、吹奏楽自体をコンテンツとして外部にアウトプットすることは苦手だ。吹奏楽が元来内蔵している「究極のサウンドコピー機」としての性質が音楽としての個性のなさを増長しているのだ。強烈な薫りはあるものの、実体がない。今は「部活としての吹奏楽」が持てはやされているが、そのムーブメントに、そこで演奏されている音楽自体の訴求力が貢献しているのかは疑問である。
「そんなことはない。吹奏楽だって、個性的なサウンドは出せる」と反論される方も沢山おられるだろう。
だとすればである。それこそが吹奏楽が殺されてようとしている部分である。吹奏楽は吹奏楽に殺されている。(続きます。次で一旦まとめると思います。)