コクリコ坂の上の雲を歩けよ乙女

犬をトリミングに出している間に「コクリコ坂から」を観ました。とても良い作品でしたし、まだまだ公開したてで、作り手に敬意を払いネタバレ的な話は書きませんが、この映画の背景に流れる時代の気分みたいなものについて述べようと思います。
前置きしとくと、ここでいう「この映画の背景に流れる時代の気分」というのは、設定された時代背景とその当時の描写のことではありません。
「コクリコ坂から」を観ていて常に思い出していたのが、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」(のNHKドラマ版)、森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」です*1。3作品とも書かれた時代も内容も違いますが、ハイソサエティの高校〜大学生が、青臭い自我の萌芽に目覚めながら学生生活を謳歌する様を活写しています。時代的に並べると「坂の上の雲」:バンカラ黎明期 → 「コクリコ坂より」:学生運動真っ盛り → 「夜は短し〜」:旧世代の残り香、です。この様な古風な学生文化にノスタルジーとファンタジーを求める2010年代という今を、とても興味深く見つめています。
ボクが学生時代を過ごした1980〜90年代は今上に挙げた時代背景はリアルに古くさいものとされ、排除されていきました。ボクたちにとってはオタク文化を萌芽させた高橋留美子の「うる星やつら」に描かれる軽いノリで現実と非現実を浮遊する終わりのないハチャメチャな学園生活、「ビー・バップ・ハイスクール」や「ろくでなしブルース」に描かれる不良学生の終わりのない無茶苦茶な喧嘩生活、の方が気分としてもてはやされました。また「ふぞろいの林檎たち」のように流行した大学生活のドラマですら舞台が一流でなく「四流」大学と設定されていました。学生運動や汚職や公害にまみれた前世代と学歴社会からくる受験戦争に泥臭さに嫌気を感じていたのでしょう。丁度黎明期だったコンピューターの8ビット(次第に倍々ゲームになりますが)サウンドのような、無機質で軽い、汗をかかずに何も深く考えなくて良いポップなノリを持った作り手が時代の寵児となりました。
それから20年経ちました。AKIRAの世界ですら書かれなかった冷戦の崩壊と、テロvsアメリカを表向きとする妙な国際政治*2とアジア&南米新興国の台頭。崩壊寸前の世界経済。No1とはいかなくなった日本経済と不安定な政権。中途半端な教育政策に右往左往する親と子。不安定な雇用。そこにきて東日本大震災。もはや「軽薄短小」を良しとする屈託のない明るい気分を引きずること自体、引導を渡されています。
始めに述べた、この映画の背景に流れる時代の気分というのはまさにこの事で、そんな中から人々が渇きを癒すために求める気分が古風な学生文化と時代背景だとすると、文化が懐古・復古趣味に走った幕末を彷彿とさせる感があり、これも時代が大きくうねる前兆なのではと思わずにいられません。
 
さてさて、学生文化という意味では時代性を越えた共通点も観られます。「坂の上」の東大予備門時代の顛末、「夜は短し〜」の異次元学生生活と「うる星」の日常に立ち現われる共通する気分は、「コクリコ」の物語のキーとして登場する、とある建築物に象徴されます。サークル活動が中心となる《年ガラ年中学園祭》とでも名付けたい愛すべき文化の考察についてはまた今度。
 

スタジオジブリ絵コンテ全集18 コクリコ坂から

スタジオジブリ絵コンテ全集18 コクリコ坂から

NHK スペシャルドラマ 坂の上の雲 第1部 ブルーレイ BOX [Blu-ray]

NHK スペシャルドラマ 坂の上の雲 第1部 ブルーレイ BOX [Blu-ray]

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

うる星やつら (1) (小学館文庫)

うる星やつら (1) (小学館文庫)

BE―BOP―HIGHSCHOOL(47) (ヤンマガKCスペシャル)

BE―BOP―HIGHSCHOOL(47) (ヤンマガKCスペシャル)

ろくでなしBLUES 1 (ジャンプコミックス)

ろくでなしBLUES 1 (ジャンプコミックス)

ふぞろいの林檎たち DVD-BOX

ふぞろいの林檎たち DVD-BOX

*1:個人的には出身高校と大学時代に過ごした取り壊し前の部室小屋も思い出しました。高校は旧制中学でしたので、学校建築や校風に共通点が強くありました。大学の部室小屋は大学の建設した際の職人さんの詰め所を利用したものでバラックでしたから、作中に出てくる様な素敵な西欧風建築とは似ても似つきませんが、学生運動の残りっ屁みたいなものが強い校風でしたから、雰囲気はありました。

*2:こちらは大体当たってますね、AKIRA。