接触してください。

色々用事があって所属していた大学の吹奏楽部の練習にお邪魔し、練習後のミーティングにて、ボクが関わっている公演の宣伝やら、あと2ヶ月を切った創部50周年記念式典の話をしてきた。でも本題はそれではない。
練習後のミーティングでは執行幹部を始め各係が部活動の諸連絡を皆に伝えるのだが、その折にある学生が「○○さんはこのミーティング後、私に《接触してください》」と言っていた。要は『そちらから出向いてください』という意味。
ボクにはあまりにも聞き慣れない言葉の使い方なのでその学生のみが使用しているのかと思いきや、他の学生も《接触してください》を使っていた。発言者の責任・役割の立場が上位である場合に、下位の者に向かって使われる傾向があるようだ。誰も驚かない様子なのでかなりこのコミュニティでは普及している言い回しなのだろう。
本人達はビジネス用語風に使っているのだが、社会人の方ならご存知の通り、今のところ全く一般的な使用法ではない。20代前半の方々の印象は違うのかもしれないが、2012年9月21日現在の日本では、最初からポジティヴなニュアンスで出会う事に対して「接触」という言葉はあまり使われていない。それは事故や故障だったり、異星人やミュー*1やシト*2やシークレット*3など未知(だと感じている存在)との出会いだったり、痴漢だったり、緊張感高まる対手国の高官やスパイとの内密な会見だったり。「接触」というのは何か緊張感が高まる言葉だと認識してしまう。敢えて言うなら化学用語としてはニュートラルなのかもしれない。
《接触してください》という用法を、PCや携帯電話でのインターネットなどの普及による未知の存在との「接触」の抵抗感の薄れと見るか、逆にコミュニケーションの不信が招いた他人と対峙することの緊張感の高まりと防御と見るか、今のところは分からないし両方と見ることも出来る。それは「ヤバい」がポジティヴ・ネガティヴ両方のニュアンスが今のところ共存しているのと同じだ。
言葉の意味なんて常に変化するものだ。時代や社会の流れの中でニュアンスは絶えず揺れ動く。物凄く過去(平安時代)には「をかし」という言葉があり「おかしい」の語源であるが、今では当初にあった〈風情・趣がある〉というポジティヴ・ニュアンスは消え、良くて〈面白い〉、場合によっては〈変だ・奇妙だ〉というネガティヴ・ニュアンスをも持つ。昨今だと先述のように「ヤバい」からかつてのネガティヴ・ニュアンスが一般でも薄れつつあり、「微妙」が拒絶の意味にも使われるというトピックスは報道でもご存知だと思う。
言葉の価値観が固定されていない20代前半までは特にその変化に敏感である。今日聞いた《接触してください》という学生の用法、そこに透けて見えるのは、爆発的に広がった情報化社会という容れ物に中身である人間が追いつかず、世界的な政治と経済の不安定さから20世紀に確立された価値観に揺らぎが生じて大人たちが翻弄されている姿、今まで後回しにしていた日本社会のツケに東日本大震災が引導を突きつけコミュニケーションとディスコミュニケーションの間でビミョーな生活を強いられている現代、それを肌で感じ取っている日本の若者たちの姿である。
重要なのは変化した言葉の意味の是非ではなく、変化する言葉から時代や社会の流れの方をいかに掴むかという視座である。

*1:地球へ:竹宮恵子

*2:新世紀エヴァンゲリオン:GAINAX

*3:エウレカセブンAO:ボンズ