中橋くんの冒険

ご存知の方も多いと思いますが、作曲家の中橋愛生くんが4月6日から毎週日曜日午後9:30〜10:00にNHK-FMにて「吹奏楽のひびき」という番組のパーソナリティを始めました。事実上、秋山紀夫先生がかつてパーソナリティを務めておられた「ブラスの響き」の後継番組です。番組の構成・選曲・DJを一手に引き受けてということですので、第1回を楽しみにしておりました。
彼が第1回に選んだアーティストはイーストマン・ウィンド・アンサンブルです。これは番組の立ち位置を明確にする上で最も賢明でかつ挑戦的な選択です。ここで挑戦的と言ったのは昨今の「ブラバン・ブーム」に対して、です。現在流行している「ブラバン」は編成というより気分の問題です。学生時代の部活動や、それへのノスタルジーだったり、アマチュア向けのコンクールへの努力や友情です。これはこれで素敵な価値観であり、人生を熱く明快なものにします。しかし「ウィンド・アンサンブル」は編成です。原則作曲家の指定したパートと人数による管打楽器合奏体による楽曲演奏です。「吹奏楽を気分として捉えない」芸術としての吹奏楽です。
彼が第1回に取り上げた楽曲はグスターヴ・ホルストの「吹奏楽のための組曲 第1番 変ホ長調作品28aから“シャコンヌ”」とジョン・ウィリアムズの「管楽アンサンブルのためのシンフォニエッタ」です。初回からいきなり基本(と言われているもの)と応用(と思ってしまうもの)を並べます。これも挑戦です。それは所謂「吹奏楽愛好者」に対して、です。
ジョン・ウィリアムズは言わずとしれた「スターウォーズ」などの映画音楽で有名な作曲家です。しかもホルストとジョン・ウィリアムズは「スターウォーズ」をキーワードに繋がる関係があります。何故なら、監督のジョージ・ルーカスはスターウォーズの音楽を「ホルストの組組曲《惑星》をイメージして作曲してほしい」と依頼しているのです。そういう訳でスターウォーズにはホルストのスコアリングを感じさせる箇所やモティーフがふんだんに登場します。そしてその成功によって、ジョン・ウィリアムズはその後、ホルスト的手法を他の音楽でも多分に採用していきます。普通の吹奏楽愛好家なら、聴きたいのはそこらへんの関係でしょう。ホルストの1組は“シャコンヌ”ではなく“マーチ”を、ジョン・ウィリアムズの吹奏楽編曲版のスターウォーズなどを紹介すべきだ、と思うでしょう。でもそれならシエナ・ウィンド・オーケストラでも良いわけです。イーストマンでなければ何故ならぬのか。
ホルストの“シャコンヌ”は特異な楽曲です。第一シャコンヌはそもそもバロック舞曲の形式の一つですし、テーマは彼が研究していたイギリス民謡風、しかもメロディは完結していません。モーリス・ラヴェルのボレロよろしくオーケストレーションを変えながら基本的にクレッシェンドしていくだけの単調なしくみ。これは音楽として全く基本ではない。これのどこが「吹奏楽の基本」なのか。そう、もはや応用です。この曲は日本のタイトルとしては「吹奏楽のための〜」と入ってますが原題は「for Military band」となっています。そう、軍楽隊のために書かれた曲なのです。単純なマーチではなく。この楽曲は思いっきり応用です。イーストマンWEを始めた当初から、この曲を取り上げていた指揮者のフェネル博士が目指していた高みがここに象徴的に示されています。
一方、「管楽アンサンブルのためのシンフォニエッタ(1969)」、1960〜70年代アメリカのシリアスミュージックとしては実によくある手法で書かれた《いわゆる現代曲》であるこの曲は「ジョン・ウィリアムズを知ってる日本の音楽ファン」にとってはオドロキでしょうが、当時の音楽界の流れとしては全く自然な流れだと言えます*1。ちなみにカレル・フサは「プラハのための音楽1968」を1969年に、ヴァーツラフ・ネリベルの「二つの交響的断章」は1970年に書いています。つまり吹奏楽としては結構スタンダードなスコアリングなんです。はい、ここで基本と応用が逆転しました。
彼は自信のブログでも『「表面だけで、全てを知ったような気になる」という吹奏楽愛好者に顕著な聴取姿勢』には疑問を持ってます。
『見方を変えれば、もっと色んな違う貌が見えてくるのに』『これは、この番組がこれからも持ち続けていきたい命題』とも。
彼が前々から話していた色んな事を聴きながら思い出していました。さぁ、中橋くんの吹奏楽の冒険が始まろうとしています。

*1:この雰囲気に少し近くて有名な楽曲といえば1977年公開の映画「未知との遭遇」の音楽でしょうか。