猫閣下、犬先生


ウチで犬がゴロゴロしているので部類の犬好きと思われているが、部類の犬好きなら猫嫌いであろうという構図は成り立たぬ。我が家は猫も相当好きである。
学生時代は猫と共にあった。夜中や冬場に大学で楽器をさらう時は猫抜きでは考えられなかった。当時、大学の部室は大学建設時の詰所のバラックを学生が20年以上占拠していた違法建築であり、国有地にこういうモノが放置されていた事実こそ奇跡であるが、バラックゆえに非常に寒い。しかも練習は軒先で行っていた。こんな時は猫である。猫を膝に抱いて練習すれば暖が取れるというものだ。
大学というのは猫に困らない場所だ。学内ここかしこを闊歩しており、私のようなアウトロー学生にとっては同志に近かった。合唱団には常設の餌入れがあり複数の猫が常駐していた。ロック研のミーティングに出席しては若きバンドマンたちの悩みに耳を傾けていた。夜中の第一食堂の前では学生と猫がよく昼寝をしていた。我々と猫たちは互いの顔を覚え、声を掛け合って生活していた。寒い日は暖を取り合うのも当然であった。
学生時代、我がアパートは川のほとりにあり地盤沈下で賃料が安かった。一階の中程に陣取っていた私の部屋にも数代にわたる猫一族の系譜が連なった。子が生まれては夜な夜な連れてくるのでミルクを与え、一緒に飯を喰らった。夏場などは勝手に網戸を開けて家に転がり込んで来た。子離れ親離れの時期が来るとニャーと挨拶に来て去って行くのだが、兄弟姉妹のうちどれかがまた子を連れてニャーとやって来るのである。
時はめぐって猫との生活は途絶えたが、本日打ち合わせで須川夫妻*1の邸宅を訪ねた際、兼ねてより謁見を切望していた猫閣下に遂にお目通り願えた。
須川家の猫たち(写真には写ってませんが二匹おります。)は家主のお二人に似て品の良さと茶目っ気が同居している。非常に清潔な環境で優雅に暮らしている猫たちなので、オンボロ国立大学周辺の半野生な輩とは育ちが違うのであるが、それでも軽い身のこなしや、静かでトボケた仕草、私への戯れ具合を見るにつけ、当時の猫仲間を思い出し「あぁ、オレは実は猫も大好きなのだ」と再認識した。
しかし帰って我が家の犬先生がふてくされている姿を見ても、これはこれですこぶる愉快だと思うのだ。

*1:サクソフォン奏者の須川展也さんとピアニストの小柳美奈子さん