覚醒


静岡の実家を建て替える前、今よりさらに幼かった甥っ子と姪っ子は母親の影響もあって極端に犬を怖がっており、ここで飼っている二匹のダックスフントや我が家のジャックラッセルテリアを見るなり大泣きしている有様だった。犬好きな我々にとって甥と姪との付き合いは犬の壁で隔たれていた。
今春、建て替えが済んだこの家に彼らが引っ越してきたのだが、当然犬と共同生活をする羽目になった。この家で犬好きは義母と義弟のみと無勢であるため、犬は義母の部屋としか繋がっていない特別な小部屋に押し込まれる形になったのだが、越して来て二ヶ月も経たないうちに変化が起こり始めている。
義妹と甥は相変わらずの犬嫌いなのだが、姪は「自分はさほど犬が嫌いではないのでは?」と疑念を抱き始めたらしい。彼女のみは犬部屋と直結している義母の部屋に自由に出入りしているし、義母の真似をしてダックス兄弟を一緒になって叱っている。そして先日の帰省の折に我が家のジャックラッセルに大変な感心を寄せ始めた。
早朝に埼玉の家を出てきたため、ジャックラッセルは静岡の庭で朝食を摂ったのだが、それを義母の部屋から興味津々に眺めていた。「オテ」「マテ」「ヨシ」のコマンドに従って大人しくフードにありつく彼はどうやら自分に危害を加えるような輩ではなさそうだし、ちょっとカワイイかも、という風に感じていたのかもしれないが、いざ「触ってみる?」と聞くと「ヤダーコワイー!」と笑いながら逃げていった。
夕刻、義父の法事が済んで皆で家に戻ってきた。新築の見学に来た親戚一同が帰った後、僕と甥はLaQというブロックで夢中になって遊んでいたのだが、そこに姪が跳んできた。
「ジィチャーン(オジちゃんのことらしい)、サキ(姪の名前)ねぇ、ミトンさわれたー」
「え〜! そうなの〜? 凄いじゃん」
どうやら義母がジャックラッセル(ミトン)を抱きかかえた折に姪に「触ってみる?」と聞いたらオソルオソルお尻を撫でたらしい。こうなると人は覚醒する。その後もemixに抱えられている犬を撫でていたということだ。
そして我々が帰る段になって、クルマに乗った犬に向かって「ミトン〜、こんどはゆっくりしてってねー」とすっかりゴキゲンである。苦手を克服した幼稚園の新年少さんは今、世界が広がるのを肌で感じ取ったのだ。彼女はこれから我々が帰省を繰り返すだびに、次は「オテ」したい、次はサンポいきたい、と確実にステップアップしていき、近く犬好きを豪語するに違いない。
さて《相変わらず》と書いた義妹と甥だが、全く変わらない訳ではない。義妹は前より犬に対して怖がらなくなったし、実際はそうでもないのに甥は「オレは犬が嫌いなのだ」と意地になっている節がある。事実、犬の恐怖で入れなかったハズの義母(祖母)の部屋に、我々が母の日のプレゼントに送ったiPad見たさにとうとう入ってきた。夢中になってゲームで遊んでいる間、実は彼が「コワイから締めて!!」と言っていた犬部屋の戸は開きっぱなしだったのだ。彼も何かのキッカケで全く犬の恐怖が無くなる日も近い。