来し方の記


某日、一通の封書が届く。中には〈来し方の記〉と題された小冊子が入っていた。差し出し人は某出版社の社長様。序文を読むと退職を機にまとめた雑文集だという。
正直寝耳に水で驚いた。
本当に本作りが好きな方で、社長になられてからも時間を見つけてはコツコツと編集作業をされており、ボクを装丁担当に指名して頂くこともしばしばだったのだが、今年になってやけに依頼が多かった。
打ち合わせに伺うと「このシリーズ、この本で最後だから是非、otoshimonoさんに」とか「これで一旦手が離れるから是非、otoshimonoさんに」とか仰っていたのだが、すっかりオダテだと思ってて、まさかご本人まで一区切り付けるとはこちらも考えていなかった。
〈来し方の記〉には、氏の生い立ちから出版の道に入ってからこれまでの人生が簡潔に述べられた小文、出版系雑誌に連載されたエッセイからの抜粋、氏がお世話になりつつも先立たれた方々への追悼文などが散りばめられており、ページ数もそんなにないので休憩中に一気に読んでしまった。書籍の編集者なだけに文が巧いのは当たり前であるが、穏やかな人柄もあってか束の間でもゆったりした気分になる、そんな文章だ。
氏とは本当に沢山の仕事をしてきた。氏が社長様になるずっと前から、ボクが師匠について駆け出しの頃からずっと。師匠がある装丁賞を受賞したときは、フィニッシュワークを務めたのがボクだと師匠から聞いたとのことで、まだ装丁も任されていなかったボクを大変褒めていただいた。
その後も本当に多くの歴史書、文学研究、辞書、趣味の本、マジックの本などのお仕事でご一緒させていただいた。流行りの華美な装いの本は全くと言っていい程なかったが〈これぞ、本〉というタイプの興味深い仕事ばかりで、どれもボクの血肉になっている。
引退とは言いつつ、これからも社にはちょくちょく顔を出して本を作り続けるという。冊子の序文にも、標題を〈来し方の記〉としたのは「第二の人生の首途のささやかな祝いとして第一の人生の小片を綴ったという思いを込めた」とある。ボクより遥かに先輩の氏が人生の節目に「どこから来たのか」と語って次に向かう先をニコニコしながら考えている。
これからもお力添えしていきたい。というよりまだまだ教えを請うために追いかけていきたい。