装束

能楽・喜多流シテ方の長島茂さんから伺ったのだが、曲目(演目)に出てくる役柄の装束(衣装)の柄や色というのは慣習的な向き不向きの判断はあっても「これでなければならない」という決まりはないのだそうだ。
「今回はこういう解釈で役を演じたいから」という演者や演出をされる方の判断で色や柄の組み合わせを決めていくのだそうだ。
例えば《羽衣》におけるシテ(主役)の天女の衣装は、清楚で神掛かったイメージで演じるのであれば白い装束、可愛らしいイメージで演じるのであれば赤い装束という風に。また大胆なシテ方などはさらに趣向を凝らすこともあるとのこと。
ボクは伝統の枠組みにしっかり守られた能という芸術は、格式の中にあって演出の自由度がかなり低いのだと思っていた。つまり極端に言えば世阿弥が決めた事を寸分違わず守り続けていると。ところがそうではなく、研ぎすまされた中にも実際は演者に託された自由な部分も多いのだ。シテ方始め、演者の精神性を深く反映出来るからこそ、この能楽といのは面白いのかもしれない。
これは和歌や俳諧、茶道や書道にも通じるし、先日書かせて頂いた雅楽についても同じ事が言える。
それにしても能楽の装束のデザインや色や柄の組み合わせというのは、現代美術をも凌駕する突き抜けた感覚を見出すことが出来る。また謡(うたい)や囃子(はやし)なども、海外公演などをすると終演後に現代音楽の作曲家などが「私が表現したかった音楽がすでに何百年も前に日本で演奏されていたとは!」と感想を述べてくることがよくある、と長島さんも仰っている。
ここにも芸術のメビウスの輪が見える。

能楽史年表 古代・中世編

能楽史年表 古代・中世編

能楽史年表 近世編〈上巻〉

能楽史年表 近世編〈上巻〉

能楽史年表 近世編〈中巻〉

能楽史年表 近世編〈中巻〉

能楽史年表 近世編〈下巻〉

能楽史年表 近世編〈下巻〉

過去に装丁させていただいた本から能楽のシリーズ。こういう地道な研究書を東京堂出版さんはコツコツと出し続けます。非常に意義深いです。