ユーフォニアムの樹

「丘の上にあるユーフォニアムの樹まで行ってみましょうよ。」
 クララは言い出したらきかない娘(こ)なので、ペーターはしぶしぶ付いていくことにした。本当は明日までにさらっておかなければならないエチュードが5つもあるのだ。それはクララだって一緒なはずなんだけど、ちっとも気に留める様子もない。音楽教師のトロン・ボーネット氏は生真面目な上に説教が長い。明日は夕食までにレッスンから帰れるだろうか〜夜には別の先生のレッスンもあるのに・・・そんなことを考えながらペーターはクララの後をトボトボと歩いた。
 ユーフォニアムの樹までは学校の裏からフリューゲル爺さんの畑を抜けて行く。あそこの犬のセルパンは大きくてよく吠えるのでちょっと苦手だ。見つからないように二人は声を潜めて忍び足していると、後ろからいきなり「ワンワン!」と吠えられた。慌てた二人は全速力で駆け抜けたが、吠え声はやがて笑い声になった。「あはは、臆病者のペーター・トラン! 女の尻にくっついてないと何にも出来ないのかよォ。」悪戯者のジョンだ。
「ちょっと、ジョン・パーカス。あなただっていっつもピッコロにぞっこんじゃない。彼女にその気がないのが残念だけど。」
「なんだとぉ。じゃぁクララはペーターみたいな青びょうたんの方がイイのかよ。」
「ペーターは幼なじみよ。それに音楽の成績だってあなたよりずっとイイわ。ちゃんと後打ち出来るようになってからなら相手になってあげるわ! じゃぁねぇ〜」
 キーキーわめくジョンを尻目にクララは駆けて行った。運動神経のよい彼女は瞬く間に草原の丘を駆け上る。ペーターは追いかけるのに必死だ。
・・・確かにボクとクララは幼なじみだ。けれどボクは音楽の成績だけの人なのかなぁ。
 そんなことを考えてたら彼女を見失った。
「クララ? クララ・リーネット!」
 丘のてっぺんからいくら見渡しても何処にもいない。丘を越えてもっと遠くに行ってしまったのだろうか。
 とっても疲れたペーターはその場にヘタヘタを倒れこんだ。梢を見上げると枝がガサガサいっている。あ、クララだ。そうペーターが思った瞬間、彼女が樹の上から飛びついてきた。
「えへへ、つかまえた。あなたはいつも私の後ろを走ってるように見えても、ずっと遠くを見つめているんですもの。」
 風がそよいだ。白い鳥が飛んでいる。ユーフォニアムの樹は優しい木陰をボクたちに落としてくれていた。