音楽出版のパラダイムを越えていこう。希望その1:「piaScoreというiPadの面白いアプリを開発してる人がいるよ。」

今日は気合い入れてますので超長い記事です。
お昼頃、emixと東京国際フォーラムへ向かいました。といってもお目当てはラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンではなく、ある方とお会いするためです。
ボクは音楽の検定教科書や辞書や専門書、公演に伴う宣伝媒体や冊子、CDやDVDなどの音楽ソフト、そして楽譜など、実に多岐に渡る印刷物をデザインしてきた関係で、音楽出版の今後について、とりわけ「使う出版物」である楽譜の次世代の方向性に非常に興味があり、特に電子楽譜についてここの所ずっと調べものをしていました。
出版や音楽の世界でDTPやDTMが当たり前になってしまった今、我々はネット上で合法・違法織り交ぜてあらゆる形で楽譜や音楽データを手にすることが可能になりました。ところが未だに楽譜というのは人間が演奏する段階になると、何らかの形でプリントアウトして譜面台に載せて使うのが当たり前です*1。プリントアウトせずに画面に表示された楽譜を読む、ということにはなってません。
電子表示による楽譜というのは数年前にMusicPad Proという電子譜面台が発売されており、使用している方も見かけたことがあります。ダウンロードまたはスキャニング等をした楽譜データを読み込み表示させることは勿論、メモの書き込み、フット・パッドによる譜めくり機能など、楽譜に求められることの殆どは実現していますが、重量もあり電力もかなり消費します。それに個人が譜面台「だけ」に8万円そこそこ(発売当時は確か10万を越えていました)を支払うことはやはり非現実的です。そこにiPadが登場します。電子ブックという形ではAmazon Kindleなどが先行して成功していますが、iPadは表示画面がA5サイズ相当あり、楽譜表示としても随分現実的なサイズです。この後、あまた出てくるであろうタブレット型端末のモデルケースになることは間違いないです。
iPadの登場に伴って電子出版について日本は蜂の子を突いたように、世界に遅れをとっている焦燥感に溢れる議論ばかりが先行した日々が続いてます*2。小さい積み重ねでも机上の空論より具体的なビジョンを持って何が出来るのか、何が出来ないのかを迅速に確かめながら前に進みたいものです。
基本、楽譜は「正しく読めて」「めくることが出来て」「メモの書き込みが出来」なければなりません。なおかつ電子出版なら、初級者向けには「判りにくい部分は再生してくれたりするアシスト機能」があると尚喜ばれるでしょう。こういう電子楽譜について何か考えている人がいるのか調べたところ、forScoreというものがすでに出ていました。PDF書類も表示できるようだし、基本的にはこれで十分かもしれません(デモ動画はこちら)。しかしこれは再生が出来ない。「大量の紙の束を持ち歩かなくて済む」という以上のメリットがありません。メトロノーム機能がついている様ですが、楽譜と連動しているわけではないので、電子楽譜ならではの付加価値ではないです。またコンピュータのソフトウェア上でPDFtoMusicというものがあってこれはなんとPDFの楽譜が再生出来るシロモノなんだけど*3、書き込みが出来ないのと譜めくりとかがいまいち。今のところはタブレット型端末対応でもなさそうです。さらに上記のものは英語版で日本の事情にはマッチしているとも限りません。
後輩の編曲&楽譜浄書家の黒川くんにも質問したりしてMusicXMLの話なんかも聞いたりして、こうなったら誰かと組んで作っちゃおうかなぁと思っていたところ、さすがボクなんかより先を行っている人はいるもので、《piaScore》というiPad向けのアプリケーションを開発中の方がいるという話を事務所のスタッフから教えてもらいました。
piaScoreは基本的にピアノを弾かれる人向けなのですが、楽譜の表示、めくり、書き込み、指定範囲の再生、簡易キーボードでの演奏が出来ることを目指しています。しかも開発者はHiroyuki KOIKEさんという日本人。これは会わない手はありません。早速連絡をとったところ、お会いしていただけるとのこと。アマチュアのピアニストとしての顔を持つ彼の指定で、日時と場所が今年のテーマが「ショパン」のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの会場と相成った訳です。
実際にお会いしたHiroyuki KOIKEさんはとても爽やかな好青年でした。東京国際フォーラムは人だらけですので落ち着く場所を探すのに一苦労でしたが、立ち話状態からそれぞれの素性について紹介しあい、落ち着く場所をemixに見つけてもらってからはご挨拶もそこそこに、まずは早速開発の経緯と実装したばかりのデモ版を見せていただきました。

と言う訳でこれがiPadです。写真はpiaScoreが表示された状態。横位置で楽譜とミニ鍵盤があるモードです。デモ版ですが楽譜の検索・表示・譜面を見ながらのミニ鍵盤での演奏は出来るようになっていました。
iPadはまだ日本では発売前ですので、画像や映像では何度も見かけましたが、実物はさすがに初めて。piaScoreのほかにも、他のアプリケーションも体験させていただきましたが、ランランがアンコールで熊蜂の飛行を弾いていたと思われるキーボードは操作性もよく、エアホッケーなどのゲームは複数人でも遊べますし、GoogleMapなどは縮尺を広げても使いやすく、なんといっても新聞や書籍は細かい字まで可読性も良い。ざっくり言えばiPhoneの大型版なのですが、画面がでかい分、可能性は広がった感じがあります、というかこっちのがむしろ自然。やはり百聞は一見にしかずです。表面がツルツルのタブレットですので当然素材の手触り感はありませんが*4「見る・読む」に特化すれば使い勝手は問題ありません。
で、iPadとボクらが持っていたmacbookのfinaleを触りながら、piaScoreの可能性や普及の方法、これから起業する彼の考えていること、出版に携わるボクやemixの立場からの意見などを交換し合い、有意義で楽しいひとときを過ごしました。特にpiaScoreの普及方法について、彼と僕たちとの見解が一致していたのは驚いたなぁ。
これから色んなハードルを越えていく必要がありますが、こういう黎明期に立ち合い、自分たちも飛び込んでいく楽しさはたまらないです。彼とこれからも意見を交換し合うながら色々やっていきましょう、と軽くも熱ーい約束をして会場を後にしました。

*1:暗譜するなら別ですが。

*2:以前から世界では電子書籍の販売や実験は進んでおり、日本も昨年の12月の段階で原口総務大臣からデジタル教科書の運用プランが発表されています。全く具体的ではないですが、仕事上対岸の火事という訳にはいきません。総務大臣政務官の小川淳也くん(高校のクラスメイト)にそこらへんは詳しく聞いてみたいところです

*3:ボクもデモ版で動作確認をしましたが、全てではありません。レポートとしてはここ。ただし英語です。

*4:例えば実際触らせていただいたAlice for the iPadなどはとても良く出来てますが、ポップアップ絵本本来の持ち味である素材感は薄まります。