紫御殿物語


《雅楽の新作》というモノを聴いたことがあるだろうか。多くの方々は想像だにしたことないと思う。日本が誇る伝統芸能の一つとしてユネスコの無形文化遺産にも登録されている、にもかかわらず、学校の授業や神道式の結婚式などで「越天楽」は聴いたことがある、くらいの、あの『雅楽』である。
ボクは実は結構雅楽が好きで、仕事をしながらBGMに雅楽のCDをかけているくらいなのだが、あんまりそういう人は周りにも見かけないのでおおっぴらには言っていない。
・・・のだが、判る人には判る様で、作曲家の伊左治直さんから伶楽舎第十ー回雅楽演奏会“伶倫楽遊”という公演にお誘い頂いた。実は春に喜多流の能楽公演を鑑賞した折に棚にフライヤがささっていて気にはなっていた公演だった。というわけで久しぶりに四ッ谷は紀尾井ホールへ。
そこで何が行われるのか・・・そう、伊左治さんが作曲された雅楽の新作が初演されるのだ。伶楽舎はスタンダードな曲の演奏は勿論、今ではあまり演奏されない曲(廃絶曲)の復活や、現代作曲家への委嘱などを積極的に行う先鋭的に温故知新な雅楽演奏団体である。
この伶楽舎の演奏は本当に素晴らしく、管絃の「秋燕子」、舞楽・右方の「抜頭」などの古典の中に突き抜けた新しさを見出したもしたが、伊左治さんの「紫御殿物語」はまさに膝をポンと打つものであった。まさしく新作である。しかも雅楽の概念を壊すものでなく、世界の音楽シーンを含めて《進化させる》モノである。
伊左治さんの音楽というのはいつも、コンテンポラリとしての向かうべき場所をキチンと見据えながらも抒情とストーリーテリングを失っていないというか、いつも新しい音楽の驚きを喜びを味わえる・・・そういう音楽である。
そのスタンスは雅楽でも変わることなく、というか、雅楽でこそ真意が発揮されたと思う。
伝統と格式いうフィルターに邪魔されて、我々聴衆は雅楽やその楽器や演奏家というものを殆ど理解していなかった。雅楽の音楽で使用される楽器というのは至ってシンプルな構造なだけに、演奏家の技術や求める音楽に補正無くまさに〈そのまんま〉再生してしまうデバイスだ。演奏家の感性と技量への依存度が高い分、〈いかようにも〉演奏出来る。つまり恐ろしく自由度が高い。つまり現代音楽を表現するのに、現代音楽の作家が求める奏法を実現させるのにこんなにも適した楽器群はない。
たとえば、きっと皆さんは笙が旋律を奏でたりするのを聴いたことがないと思う。ボクだって今日までなかった!この鍵盤ハーモニカの元祖というか、小さなパイプオルガンは、伴奏から旋律まで変幻自在なのだ。
さらに合奏体としてのサウンドが軽やかな分、いかなる奏法にもマッチングする。歌声や口笛や息音や詠唱も違和感なく溶け込み・際立つ。トゥッティの中にあって透明感を失わない。いかなるコーディングをしてもキチンと響く・・・等々
そういう試みを時に優雅に、時にユーモラスに、時にサウタージに、時に本当に時空を超えるような幻惑の彼方に奏でてくる合奏体に、伊左治さんの音楽の綾は緻密に仕込まれ、華麗に演奏されたのだ。
この希有な体験はボクがこの所の音楽に感じていた一種の懸念と違和感を吹き飛ばし、古典とコンテンポラリというのは実はメビウスの輪のように繋がる輪廻なのだと確信させてくれた。
さて、もう一つ。標題の初演曲「紫御殿物語」は幻想史として伊左治さんが紡ぎ出した架空の場所・紫御殿で演奏された音楽を描いた組曲なのだが、この「架空の御殿で奏でられた音楽」という素敵な着想を伊左治さんは、和歌における歌枕の発想と通ずるものがあるかもしれない、と仰っている。それは以前のボクの日記を読んでそう思われたのだという。

「歌枕」とは元は和歌のモティーフやそれらを集めた書籍を指していたようですが、今ではもっぱら和歌のモティーフとなる名所や旧跡を指すようです。それらの中には実際には存在していなかったり、特定の場所が曖昧なところもあるようですが、それは和歌というのが、実際行った事のない場所を想ったり偲んだりしながら詠む文芸としての発達をしてきた経緯があるからだそうです。京に住まう貴族が遥か離れた坂東(関東)や南海(四国)の地に流された友人を想いながらの嘆きの歌、季節の歌会のお題目、教養としての嗜み・・・想像力を働かせながら言葉のみで紡いだ風景はまた独特の味わいがあるのでしょう。
(2013.05.01 歌枕辞典)

伊左治さんのような素敵な作曲家さんがボクの日記を読んで下さっていること自体、本当に恐縮で感謝カンゲキの限りであるが、こういった所で感性を共有出来るというのは大変嬉しくもある。