靖国の上の雲

クライアントさんへのご挨拶のハシゴで水道橋から九段下まで歩いて行ったんだけど、次のスケジュールまで時間があったので初めて靖国神社に行ってみた。あの、シュショウやらギインやらカンリョーが詣でるとか詣でないとかでテンヤワンヤするあの神社だ。
ボクは広島の原爆被爆者二世であり、そして第二次大戦後の平和教育を叩き込まれた者である。当然、旧体制への礼讃は忌み嫌うべきと強く教えられてきた。子供の頃は「英霊の御霊」とか言っている人を見ると、意味もなく激しく嫌悪感を抱いた。そういう古い世の中は二度と来ないと信じていた。当然そんなものが祀ってあるヤスクニになど行くものかと。
けど、ボクも今はいい大人だし、世の中には色んな考え方があり、立っている場所が違えばモノの形だって当然違って見えることくらいは知った。「英霊の御霊」と大真面目に言っている人の気持ちと立場は受け入れはしないものの、理解は出来る。昨年からNHKのスペシャルドラマ《坂の上の雲》を観る機会などもあり、最近は国家の力が人々に対して強大であった頃の日本や世界という時代がどういう空気だったのかと少し興味を持っていた。
そういう意味で靖国神社は時代の空気を疑似体験出来るのではないかと。

とにかくデカイ神社だ。鋼鉄製の鳥居も、参道も、石灯籠も、脇にある石碑も、何もかもがデカイ。大きな権力に威圧される(解釈によっては権力に護られている)ようなデザイン設計が巧みに施されている。こういう考え方の建築物は古今東西随所にあるし、現代だってその例外ではないが、帝国主義時代の王制と軍事力による揺るがないヒエラルキーを背景とした体制秩序のプランは独特だし、そういった心理効果が絶妙にこの神社に発揮されているのには改めて驚きを感じた。
とはいえ、そういったこと以外は、まぁ、どこにでもある神社である。境内では他の神社同様、新年の参拝に向けての設営が着々と進んでいた。年末特有の慌ただしさと暖かさが同居するほっとする風景。
しかし、本殿の脇にある遊就館という宝物館に入るとさすがにその違和感は究極に達した。館内は最近リニューアルされたのだろうとても綺麗。一階はフリースペースと土産物屋になっていて、自衛隊グッズや外国人観光客向けっぽい日本のお土産が並び、小林よしのりや田母神俊雄の著作がこれみよがしに平積みされている。そしてその前には零戦とキャノン砲が誉れ高く展示されている。広島の平和祈念公園が子供の頃の遊び場だったボクからすると外国にいるような気分だ。

こういう時代があったと語るのは良いと思う。いろんな考え方を持った人々がいて、色んな表現をするのも良いと思う。ただ、何か一つの色で時代が染まり、多大な犠牲と無理解と差別が横行する世の中にだけはしたくない。